株式会社デジタルスタジオ
アートディレクター
山本 百合 Yuri Yamamoto

大学では教育課程を専攻。卒業後、15年以上にわたり通販業界に身を置き、制作やマーケティングに携わる。
7年前にデジタルスタジオに入社。
越境ECサイトの構築にともなうブランディングからコンテンツの企画、デザインワークを担う。
3年前に出産後、半年間の育休を経て復帰。育児中でも働きやすい社風の中、創造力とアイデア力をより生かせるフィールドへ、さらなるステップアップを目指す。

ブログ

__今までの人生で、何に最も情熱を傾けてきましたか?

小さい頃から表現すること、ものを作ることが単純にとにかく好きだった。
新しい何かを生み出すことに対する探究心が強く、情熱を傾けてきた。

”創造力”を伸ばしてくれた、先生の言葉と”ものづくり”の家庭環境

小学生だったある日、家庭訪問で来ていた先生から「図工の成績がクラスで一番だ」と言われたことがあった。
その言葉は「自分の考えたものを形で表現したい」という思いを一層大きくした。

その頃父親はパソコンでソフトウェアを作り、母親は工芸品の制作にはまっていた。
私は両親が何らかのモノを作っている工程を見る機会が身近にあった。そういった”ものづくり”の環境によって、自分自身の制作意欲をかき立てられるのは自然だった。
初めての”大作”は姉妹と一緒にアイデアを出し合って作った母の日のプレゼント。確かたくさんのポケットがついたエプロンだったと思う。
母親は大げさに喜んでくれた。

__その情熱は、今の仕事とどう繋がっていますか?

「見る人をびっくりさせるものを作りたい」10歳の頃に思っていたこの言葉は、「受け取る側の感情を動かすものを作りたい」という今に至る自分に繋がっている。

先生になりたいと思ったこともあった、
でもやっぱり「表現すること」にこだわりたかった

教育課程を学んでいた大学時代、教育実習に行ったが自分の進む道に迷いがあった。
10歳の頃のあの言葉が心にずっと引っかかっている。
20歳の頃意を決し、昼間は大学、夜はデザインの専門学校に通った。
行くと決めたのは全部自分。ローンも少額ずつアルバイト代からかなり長い間払った。
絶対に夢を叶えるという責任を自分に課した。

__今、情熱的ですか?なぜ、そう思いますか?

出産を経て40歳を目の前にして、体型を隠すズボンをはきメイクもおろそかになっていた。
そんなある日「良い商品を提供するためには、その商品を創る人間が、それだけの価値を持った人間でなければならない」と会社から通達された。

「自分自身が満たされている、自信がある、自分が好き、
              ということが前提にある人を目指したい。」

自分自身を再ブランドするきっかけを会社から与えられた。
毎朝、鏡を見るようになった。
服、髪型、ピアス、スマイル、今日の自分をデザインする。自信が漲ってくる。
それ以降「負けたくない、もっと認められたい」という欲求が出てきた。
時には顧客に対するメッセージであったり、会社であったり、以前から自分の中にあった本当の欲求が掘り起こされたのかもしれない。
自信がつくと自己主張もうまくできるようになった。自然と自分のやりたいことが仕事で回ってくる。
情熱的かどうかはわからないけど、自分自身を整えておくことで、いい意味でいろいろな変化に出会えた。